2001/04/10

カラテを首相に推挙

#百合根のおすまし(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 行きつけと言うほどでもないけれど、よく行くお茶の水の喫茶店で休憩。

 半年くらい前に入った、新人ウェイトレス。当時はこんな対人恐怖な娘が客商売なんてことできるのかしらんと心配しておったのだが、今じゃ立派に客の顔も見られるし、作り笑いも工作できるし(イヤな感じというのではなく)、いや、お父さんは嬉しいぞ。お父さんじゃありません。

 とにかく、人間の適応力というのはスゴイもんだなぁと、しみじみ。あと半年すると、客と冗談話でもするようになるんだろう。

 約束まで、時間つぶしに新宿プラプラ。南口高島屋を目指す。横断歩道のガードレールの切れ目にいかにも無許可っぽい張り紙一枚。

「女性・中高年・病弱者 歓迎! 不況、リストラ、いじめに負けるな。カラテ教室 新宿駅1分」

 日本の諸問題はほとんどカラテでオッケだな。

 カラテの適応力(守備範囲)もなかなかすごい。

                                  2001/04/11

道路交通法 第77条 3項

#子かますのてんぷら(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 甲州街道をわたって駅にむかう途中で、警官がワラワラと湧いていたので、何かと思ったら交通安全週間なのだな。

 最近はじめたばかりの路上直販八百屋が撤去を命じられていた。べつにいいやんな。お堅いからいやだね警察官ってば・・・。農業やってるヒトに商売させるのは非常にいいことなのに。モノを作るヒトは使うヒトと直に接しないと、浮遊して思考がどっかいっちゃうので、やってもらった方がいいのに。路上販売に関する、規制緩和してくれてもいいな。ってオレが路上で何か売りたい。売らせろ!

 しかし、この新入りの八百屋は、コスト意識がないっていうか、顧客心理がわかってないっていうか、かなり暴力的商売のヒト。

 証言1:帰り支度してる八百屋の近く通りかかったら、ネギ17束を「100円で買ってくんない?」と言われた。

 証言2:スパーバッグに野菜放り込まれて「あげるからもって帰って」と言われた。

 まぁ、どっちにせよ苦労して商売しようって気持ちがないなら、やっても無駄だな。なんも変わらん。

 東京都の農地面積、約10%。

 露店の設置には所轄警察署長の許可がいります。これを「最寄りの交番の許可」または、管轄の役所の認可にして露店設置に面積に応じた設置税(地方税)を証紙で即金決済。めでたく楽市。

 さて、石原さんにメールでもしよっと。

                                  2001/04/12

TO YOU TOO!

#明太子のおにぎり(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 ほらほら、春分の日が過ぎて満月が来れば、次の日曜日は「復活祭」。なんだっけ?

 高校1年のときの英語の教科書の最初の記述は、その「復活祭」(イースター)に関する記述であったのだな。なんだか、死んで生き返ってめでたい!な日。しかし、日本人はクリスマスほどこの日についての寓話に詳しくない。まぁ、イースターが来れば、彼の国は春だし・・・いや豪州は秋だし?

 卵(Egg )と呼ばれる超巨大細胞の細胞壁をヤスリで削ったり、着色したりして、手先が器用は決して日本人のお家芸ではなくて、粘着精神の方向性の違いであるのだよと当たり前のことを教えてくれるのだな。

 あと、モアイと呼ばれる1頭身な巨像が乱立している、不思議な南太平洋の島が発見(西洋人によって)された日。つまりイースター島が他国人に認知された日なのであるな。現地の人も信仰の違う他国人に、密かにバタ臭い名前をつけられてビックリしたことであろう。未だに「イースター島って!」ってつぶやきながら、裏拳でツッコミ会うのがこの島での挨拶になっているらしい。ウソだよ。

 インターネット時代になって、見知らぬ他国人と気楽に挨拶程度の話ができるようになった。この時期、

「Happy Easter!!!!!!」とご陽気に、話しかけられたり、メール送られたりすることもあるので「何? 戦争?」と思わないように。誰も思わねーよ! よくわからなくても、他人の「目出度い」は尊重してあげましょう。

「ボクは仏教徒なので関係ない」とか「無信仰です」なんて無粋な返事をしないで、素直に「TO YOU TOO!」返しておけば、この世は平和。

 そのかわり来月5日に「HAPPY Children's Day!!!!!!」と送りまくって、報復行為が吉。「やっぱり戦争?」。

 いや、世界各国の祝日を交換しまくって、365日休日作戦が狙い。かなり虚しいなぁ。

                                  2001/04/13

共有できない好奇心

#ツブ貝の串焼き(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 今日も今日とて、スーパー銭湯。今日とて? 今日とての「とて」ってどういう意味だ? まぁ、助詞だな。誤用の際は100番、100番。電話すれば、わけわからないウチに、モップが配達されて目出度い。モップならまだしも、年の暮れでもないのに、大掃除されれば、それなりに嬉しい。

 深夜のスーパー銭湯。終業が午前1時。「蛍の光」とともにご帰宅。銭湯の終業に「蛍の光」か・・・。まぁありかな?

 帰りの車中。車道を歩く千鳥足スーツ男。轢きかけはしなかったけど、ヘッドライトに向かってフラフラと近づく。眼があっちの世界に行っているのでコワイ。クラクション鳴らせば、きっと暴れる。しかたなしに、停車。

 往来ギリギリの隘路の真ん中を、バイオハザード歩きしてるので、たちまち渋滞。対向の車中で若人らが大笑。

 禍根が消滅して後、対向の若人らと笑顔で挨拶。しかたないネの返礼。

 帰ると机の上に雑誌一冊。知らないうちに、机の上に雑誌や新聞の切り抜きが置かれてるということは「読め」という信号。

 その信号が「母なるメコンが泣いている」なのか「メガバンクは無用の長物だ」なのか「タグホイヤーの広告」なのか・・・まさか「バイオ子豚で病気を治す」ではあるまい。もしかしたら「危険な牛より馬を食べよう」なのかなぁ。わからんな。寝るよ。

                                  2001/04/18

昆虫アナウンス

#ゴマ豆腐木の芽みそ(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 今月の傾向として、懐かしい人からの連絡がやたら多い。

「君ってば、今何してるの?」

 から始まって、次はこんなことします。とか、久々に会いませんか? とか。

 こちらは、シーラカンスよろしく何も変わってないのだけどね。何も変わってないというか、日々変わるお仕事だから、これがスタンダード。でかいシステム作るなんて品のいいお仕事には向いてないのだよ。ハハハッ。

「おれの父ちゃんは日本一の日雇い(ピーッ)だ!」(『巨人の星』再々放送くらい参照)

 みたいなもんなのだな。よけいわからんね。

 それはさておき、置き忘れ。小指立てて投げて、受け取りそこねたリンゴが大リーグボール3号の伏線とはな・・・。長い前フリやなぁ! ってそれ、後から考えたんやろ! 正直に言うてみぃ! って故人だからね、しかもコワそうなヒトだからいいです。すいません。

 こんどこそさておき、前例を振り返れば、懐かしい人からの連絡が頻繁に来るということは、どういうことかというと・・・「もうすぐお前は死ぬのだよ。虫のしらせ、虫のっ!」ではなくて、人の好奇心が動くということ。4月だからねというのもあるだろうけど、なにか底面の幻想エナジーちろっと動いてるのですよ。産業構造がぁ!とか大げさなことでなく、ちびっとなにかが動き始めてるということ。注意して耳を傾けていれば、そこに、ほらっ、お宝がころがっておりますのですよ。

 発見しても教えてあげないよ。それが商売だかんね。

                                  2001/04/19

分別のレベル

#ロースかつ(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 どうでもよいことと、どうでもよくないことを分けることが生活の主軸。覚醒している時間というものは、何かと何かを分けている時間ということになるな。おもしろい? 睡眠中においても、自律神経様が生理的な意味でどうでもよいことと、どうでもよくないことを分けてるということになるのかもしれん。そうなれば、生きてる間は究極、「生涯選別!」ということにあいなる。

 どうでもよいことと、どうでもよくないことを、特に意識としてどう決断していくかというのは、外部の価値観に依存する場合においてのみ合理的な判断とされることが多い。

 相対する価値観が「経済的」ということであれば、たいがいはよき人としてほめられちゃうというのが筋。しかし個体としてよき人となる総和がよき社会を構築できるという、自然数のみの加算的単純イメージでものごとを判断しておる世界はそら怖ろしい社会であるという直観は、万人がもっているもの、いや、持っていると信じたいね。

 でも、ときどき人がなにかについて他人を判断する場合は、その直観がぶっとんでるので煙たい。バカであろうならそのまま叫び続ければよいのだけれど、自分を度返しした完璧さを強権で他者に求めるならば「死ね!」である。通常は自分の歴史を振り返って、寛容であるのが普通の人。

 人間の浪費について「空気代」という言葉を聞いたこどがある。つまり「君って下戸なので、ずいぶんお金貯まってるのでしょ?」って問われても、酒に対する浪費がないだけで、なにか別に、合理的判断以外のものに浪費しているので、金なんか貯まってるわけなんかないのだな。つまり、人間が生きるためには「経済的」以外の判断がかなりあって、それはもうアホみたいな選別をしているのであるな。逆に言うと「経済的」という外在的な判断より大きな内在的判断が人間には必要不可欠なのだということになるのではないかなぁ?(喫煙の言い訳?)

 生きるに必要なのは・・・仕事 > 遊び ではなくて 仕事 < 遊び であると言ってよいのでしょ。仕事と遊びの定義はめんどくさいから、とりあえず、定義をつきつめて考えれば最終的に 仕事=遊び でなければ、人間は動けないのじゃないの? という仮説だけ。

 つまり「環境保存」とか「リサイクル」とか「エコロジー」なんて、外部の価値観に忠実であろうとすることが人間に本質的であるってことは、全くもって偽証。逆の行為の方が内在的に気持ちええってことなんだろう。しかし、偽証であっても、外在的な価値において個々が翻弄されるというのは、社会のエンジンを動かしてる想念エナジーであろうから「絶対的に」という言葉を使わなければ、とりあえずはいいよ。ガマンするよってことになる。

 それにしても、個人個人がやるのが、とりあえず正しいとされている「ゴミの分別」ごときの社会的献納労働が「経済的」という判断で正しいと説明してくれた人がいないよな。

 数学的に説明してくれた人はいない。気分で「リサイクル」という言葉がある種の絶対と宗教性において脅迫されてるだけなので、気色悪いということ。

〈日本人の平均賃金×ゴミの分別に消費される総時間+その他諸々のコスト < 一括収集して機械的に分別するコスト+そのシステムを設置するためのコストの償却費+その他諸々のコスト〉

 って説明をしてから、社会的約束事として頒布してほしいな。実は不等式の開く方向が逆なのでは? そんな気がしてしょうがない。疑り深いからね。

 しかも、ジャンジャン捨てて「気持ちええわ!」ってのが、本質的な価値として正しいのだろうから、微量な経済的な差であれば、ゴミは無分別でいこう! ってことの方がよき行為ということいなるのだけどなぁ? 間違ってますか?

 生理から遠ざかった教義的で宗教的な「リサイクル社会」が実現できるなんて、ありえないはずなんだけどね。

 まぁがんばってね。無駄なことをして膨大な時間を共有して消費するってのが社会の根元なんだろうから、無駄なこと言ったり考えたりバカ面こいて政治したりするのは、広義の「祭礼」として重要だってことで、寛容に無視。

                                  2001/04/20

寝れば忘れる心配

#ピザ(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 ご親切な指導を受ける。

「おたくさぁ、そろそろ株式にして、ワラント発行してグルグルジャカジャカやったほうがええよ」

 といわれても、キャピタリズム音痴なので、言われてる意味が表層で雪崩落ちて、実感としてしっくりとしてこない。

 大ざっぱに、仕事をするという能動的な意味から、仕事をさせられるという受動的意味にスイッチするものならば、できれば回避したいという思い。なんのために独立ノビノビ生活に入ったかわからんからね。今をときめく?「楽天」やら「ファーストリテーリング」の社長の表情みると快活さを装った倦怠みたいなのがボンヤリ浮かんできてるのが、長年の経験より察知されてるのでなおさら。まあしかし、これは嫉妬からくる誤読ということもありうるだろうから、彼らのやってるほうが実はラクチンってこともあるだろうけど、自分の情報処理能力以上のことをやらされるのは間違いない。しかも、能力の個体差はだんぜん向こうの方が上だしなぁと、自分のぐうたら人生を省みてしばし反省。

 しかし、このままでは、老いていく自分が万人の消費行動からどんどんズレて行って、稼ぎがきつくなっていくのかもしれないという、商店街の不良在庫まみれの雑貨屋みたいな気分にされられるのも正直なところ。

 でも、それがね「一発勝負病」のもとで、ドカンとやらかしていなくなっていったヒトを何人も見てるのでコワイ。

 つまりは上手に身をかわす卓越した感覚をもてるように努力するしかないのだな、それが方法としてキャピタリズムのはじっこを利用するしかないってことになれば、すればよいってことで、解決。

 今までなんとか、なるようになったっていうことで、その延長でものを見ることにする。だれの脅迫もいらにゃい、もう寝ることに決めたから。

                                  2001/04/23

季節はずれなんだけどな

#抹茶のソフトクリーム(これは今食べたいもので、以下とは無関係です)

 ここ最近、多忙が続いたので、家に眠っていた健康器具が復活の模様。

 つまり、運動不足な脅迫に後押しされて、ケージの中のハムスターよろしく、宙を歩いたり、床で尺取り虫したり、重い歩みを家康訓辞(人生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し )を思い浮かべながら足踏みしたりしたのだな。なんか虚しい。そんな健康器具が家にあるってだけで虚しいけどな。

 土曜日、友人訪問に乗じて、鬱憤晴らしにボーリングに行く。ちょっと腰に違和感・・・変だな。

 本日目出度く、腰痛来訪! いやー目出度い! 赤飯炊けよ。しかも黄金週間直前だぁあ。

 もちろん、スーパーな銭湯で応急処置。ブクブク水圧攻撃を加えて、電動式マッサージ2回でどう?

 おう! すばらしき効能。すっかり治癒。しかし、30分だけ。ちっ。虫歯をつまようじで刺激して、しばらく痛みがなくなるのと同じなのだな。

 明日、耐え難き痛みであれば、鍼灸ババァを頼るよ(一回 2,500円也)。